「離れにいる子供って、此処の家の血が半分入ってるんでしょう?」
女は噂話が絶えないというけれども、私もその1人だと思うと酷く吐き気がする。
所詮女なんて、器だ。
「麻多の家の人たちは全員、気が狂ってるから…」
そんなの、自分が知ってる。
幼い頃、まだ妹も血の繋がらない弟がいなくて、名前を出すのも忌まわしい兄がいた頃。
兄が勝手にかくれんぼをしよう、と言い始めたので私は必死に逃げていた。
あの兄は誰よりも気が狂っていて誰よりも麻多の名に相応しい人であった。
ただ厄介な事に、とても危ない発想の持ち主ということ。
あの人はゴム弾を持ち歩き、それを妹である私にも向けて容赦無く撃つ。
逃げるのに必死で。まるで狩りをしているライオンのようで。
いいや。狩りを楽しむ狩人だった。
妹に傷つけるのなんて容赦なんてない人だったから、本能で逃げなければとわかっていた。
家の敷地内にいればいい、なんて大雑把なルールだった。
大きい家の敷地内でも隠れる場所なんて多いと思われるがあの人の嗅覚はそれを知り尽くしている。
私、が隠れる場所というのはもうわかりきっているのだ彼は。
だから私は逃げた。より遠く、遠く。銃口を定められないように。
あの嗅覚から逃げるには、家の敷地内にある山か森にいかなければならない。
ただし山も森も多くの動物が放し飼いされているので下手すれば死ぬので出来れば入りたくない。
家の庭と山と森の境目には茂みがあるからそこに隠れて動けば大丈夫だと思う。
その為の長袖と長ズボンは生憎夏場なので用意はしていないが、転んで茂みで傷ついたと言えばいい。
ただ困るのが機嫌が悪い時のあの人の八つ当たりだ。正直、死んでしまえばいいのにって思ったくらい。
茂みを適当に歩いて行けば見知らぬ何処かに着いてしまった。
一応、敷地内ではあるのだろうけど、家が建っている。
それも、家の敷地内に家が建っているのは聞いた事がない。
ぐるり、と回ってみれば玄関と窓が1つずつあるだけ。
なんて質素な家なのだろう、と思えば窓から覗く翡翠が、こちらを見た。
さて、あれは何だったのだろう?と思い考えていると窓が勢いよく開いた。
「…っ、てめえ!本家の人間だろ!何しに来た!帰れよ!!」
罵声を言われて黙っているような時じゃなかった。
田舎から連れてこられて、男と遊んで喧嘩しているような子供だったからしてしまったこと。
「じゃんけんしよう。じゃんけんしたら帰るから。」
「…まじ意味わかんねえ…じゃんけんしたら帰るんだな?お前負けたら容赦しねーからな」
そう言って、翡翠の子供は窓から出てきた。行儀が悪い、って言われないのか気になったけどスルーした。
「まず、さいしょはグーって合図してからじゃんけんぽん、で出すぞ」
「そ、それ位わかってる、し!」
「わかってるならいい。じゃあやろうか」
右足を上げて、さいしょはグーの掛け声で踏み込んで左の拳を翡翠の子供の右頬に捻りこむ。
当然これですっきりさせるつもりなんてないから翡翠の子供が起き上がるのを待つ。
「おまっ……てぇな……」
泣いてしまった。
これでもう一回とか絶対できる筈が、ない。
何これ逃げた方がいいのかな。多分その方がいいと思ったので逃げた。
何日か経ってその離れに通いつめる話も、何年か経って私が機嫌を悪くするのはまた別の話かもしれない。
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